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2012.02.05 Sun
結局正月には足せませんでしたが10です。
続きからどうぞ!

拍手メッセージありがとうございます!!感動しました…

瀬さま>
ありがとうございます!!頑張りますv

「お疲れ様でした~」
一同の声が響く。マッソギが終了すると同時に、稽古時間も終わりとなった。
琢磨は自主錬は今日はしない、と即座に決め、更衣室に引っ込んだ。
シャワー室からまた更衣室に戻ると他には誰もいず、無言で着替えられることにほっとした。

「あ、もう帰るんですか?」
学生服を着込み鞄を持ちドアを開けようとしたところ、道場側から入ってきたのは玲二である。
「昇級第一日目に、新しいトゥルやってけばいいのに~。俺に教えさせてくださいよ」
「今日はもう帰る。疲れた」
さっき、マッソギの最中に支えてもらったことに対して改めて礼を言ったほうがいいかな。
琢磨はそう考えながらも、素っ気無い物言いしかすることができなかった。

忽ち無言の間が落ちる。
「大丈夫ですか?」
玲二は再び、マッソギの時と同じ言葉を口にした。
「もしかして、どこか打ったとか。それならちゃんと対処した方がいいです」
「…別に、平気だし」      
琢磨は出来るだけ落ち込みを悟られないような調子で言ったつもりだった。しかしその返事である次の一言から、玲二が自分を気遣っていることが知れた。しかもそれは核心を突いていた。
「あの、マッソギが苦手ですか?でもやってるうちにきっと…」
琢磨は、自分を抑えていることが出来なくなった。
「お前にはわかんないよ、小さい頃からずっとやってたりする奴は…」
自分が言いかけていることは八つ当たりでしかない、と気付いて琢磨は言葉を切った。
一方の玲二は流石に困った顔をしていたが、思い切ったように口を開く。

「でも、今琢磨さんが悩んでることとかは俺も同じように悩んだし、克服しようとして頑張って今は前より平気になっただけだし…それが俺の場合は、琢磨さんよりちょっと昔のことだったってだけですよ」
あまりにも理論的に諭され、しかもそれが「最もだ」と思えたため、琢磨は恥じ入る間もなくすぐ言うことができた。
「そうか。ごめん」
気にしていないですよ、とも言わない玲二の様子は、そもそも言い争いをしたという認識がないことの表れのように思えた。玲二に感謝した。
 
じゃあな、と琢磨が言うと玲二は聞いた。
「琢磨さん、次いつ来ますか?」
「明日」
「じゃあ、俺も来るから明日は新しいトゥルやりましょう!」
「やだ」
「え、どうしてですか!」
玲二の思わぬ大声に怯んだが、琢磨はすぐ可笑しさを覚え、からかってみる気になった。
「だって、桧垣さんに聞いたほうがわかりやすいもん」
「え…!」
ひどくショックを受けた様子の玲二に多少のすまなさを覚えた琢磨はすぐに撤回した。
「ウソだって。そんなら明日、お前が教えてくれよ」
「あ、はい…」
玲二はほっとした顔を見せた。
「あ、でも・琢磨さんのトゥルって、桧垣さんのに似てますよね、やっぱ」
「ふーん、そう見えるのか…。でも桧垣さんのトゥル俺好きだし、そう言われたらすごく満足かもしんない」
一番気に入ってるのは星秀のトゥルだけど、これは黙っておこう。
退出するつもりが、玲二との会話に琢磨の足は止まっている。
「俺のトゥルは絵美さん流です。昔、よく教えてくれて」
琢磨が実際にその試合や練習で動いている姿を見たことがなく、名前を遠目の容姿しか知らない絵美については色々な人間から聞いていた。ついでに言うと、なかなか美人らしい。
「絵美さんか…あの人、すげえ強かったんだろ」
つい過去形で言ってしまったが、絵美は引退したわけではないと言う。
絵美の評価を簡単に言い表そうとすると「すげえ強かった」この一言に尽きるのだ。
玲二は、まるで自分が褒められたかのように誇らしげに言った。
「マッソギもトゥルも段違いです。あ、ビデオあるから見るといいと思います!」
「え~、だって女子のだし…」
「だから、全然違うんですよ!絶対感動しますから!」
玲二の強い勧めを押し止めて、琢磨はやっと更衣室を出た。
 
道場側に出ると、星秀はトゥルの練習に入っていた。見たいという気持ちに駆られる。
星秀は道衣から着替え、プーマのウインドウブレーカーを着ている。星秀ってプーマが好きだよな、とふと思った。琢磨が道場から外に出るときにも星秀が、チッと息を切る音が聞こえていた。
外で、有沢指導員と一緒になった。
「あ、お疲れ様です」
「お疲れ」
琢磨は自転車を押し始める。有沢指導員とは、帰り道が途中まで一緒なので、歩いていくことにした。
「よかったな…帯。おめでとう」
前方を見たまま、指導員は言う。有沢指導員も、審査課題の練習では琢磨に随分指導をしてくれた。
「あ、ありがとうございます。色々お世話になりました」
琢磨は立ち止まり、頭を下げて礼を言った。
「わはは、良いってことよ。今日、新しいトゥルやってけばよかったのに。忙しいのか?」
また同じことを聞かれてしまった。星秀の一撃。ああいうことがなかったのなら、勿論喜んで六級の型を教わっていたことだろう。
「いえ、ちょっと疲れちゃったから…」
琢磨は適当に答えたが、玲二との会話でいくらか気は晴れていた。
「お前、星秀に随分とやられてたからなあ…」
わはは、とまた指導員は笑った。
やっぱり、かなり押されてるように見えたのか。琢磨は唇を結んだ。
俺は怖い。苦手なんてもんじゃなく、マッソギが怖いんだ。
考えはじめた琢磨をよそに、指導員が急に言った。
「副師範、結婚するんだってなあ」
「え?」
なんて脈絡のない、と琢磨は突然のことに驚いた。
「鬼の李も家庭を持つかあ…」
李とは副師範の姓である。
「鬼だったんですか?」
琢磨が聞くと、指導員は顔を向けた。
「そりゃ、お前は知らないか。昔は鬼で有名だったんだ」
「へえ」
「あ、俺が言ったって言うなよ」
指導員は哀願する顔になった。笑いながら琢磨は返す。
「分かってます。でも李先生もまだ若いんですよね…?」
「そうだぞ、落ち着くには早い!」
自分も既婚で子供を可愛がっているくせに、指導員はどこか寂しそうだった。
副師範が結婚しちゃいけないってことはないと思うけどな。琢磨は的外れな感慨を抱いた。
酒屋の前で指導員が立ち止まる。
「あ、俺ビール買って帰るから」
「そうですか、お疲れ様です!」
指導員は店へ入っていく。自分の挨拶の声が殊のほか覇気ありげに響くのを聞いて、琢磨は少しうんざりした。こんな時に元気があってもな。

押していた自転車に乗って、漕ぎ始めた。
途端に考え出す。パンデを習い始めた頃、黒帯たちに、何をどうしたらできるようになったのかそのコツを聞いたことがある。
玲二は、
「初めて出来たときのことは覚えてないです。昔過ぎて」
と言い、星秀は、
「あの通りに蹴れば普通は出来るもんだろ」
と言った。
年少からの経験者にとっては、パンデだけでなく他の蹴り方や技も、「こうすれば出来る」という説明のしようがないのだろう。
恐らく、彼らは気付いていた頃には出来ていたのだろうから。
一方で琢磨は桧垣と椎名から、「パンデは頭の上から軸足まで、一本の糸で吊るされているように蹴るといい、と習った」と聞いた。
多分「コツ」とは語学での文法みたいなものだろう、と琢磨は思っている。
ある語を自然に習得した人にとってはその法則は意識されない。
だが、外国語として、急いでその語を学ぼうとする人にとっては文法は大きな手助けになる。
だけど俺の場合、「コツ」が分かったとしても実践できなければ意味がない。
バランスが取れていなければ軸足は体を支えきれないし、蹴り足が上がらなければ的には当たらない。
だから何度も練習をする。何度も蹴る。蹴り続けているうち、自分が思い描いている形に少しでも近づいていくように。
 
翌日、新しいせいでまだ硬い緑帯を琢磨が手に持ったとき、更衣室に椎名が入ってきた。
「あ、椎名さん」
「やあ、琢磨くん」
「久しぶりですね!」
「うん、…おめでとう」
帯の色を見て、琢磨の昇級を悟ったらしい椎名が言った。
「ありがとうございます!」
つい笑顔が出る。
いかにも嬉しそうな顔の琢磨が可笑しかったのか、椎名はつられて笑っていた。
 
「うわっ」
その日、自主錬を終えてストレッチをしていた琢磨は声を上げた。マッソギで相手に吹っ飛ばされた椎名が、すぐそばに倒れこんで来たのだ。
「あ、ごめん琢磨くん」
椎名は稽古が終わるや、いきなりマッソギを始めたのだった。
「クマン」
タイムを取っていた瀬田が、大声で時間切れを告げる。琢磨と椎名の方へ、心配そうに走り寄って来た。
「椎名さん、平気っスか?」
「ああ、大丈夫だよ…ごめん」
椎名はそう呟いて座り、額の汗を拭おうとしたらしいが、防具が邪魔だと気付いたようですぐに手防具から外し始めた。
椎名を飛ばした張本人、マッソギの相手が歩いてくる。星秀だった。
汗だくで、息が上がっている。顔も赤い。
「…すいません」
しかし、星秀の目は謝ってはいなかった。マッソギの後、まだ心身が高揚しているのだ。
「平気だよ。星秀、悪いけど他の人と続けてくれ」
椎名もまた、苦しそうに呼吸しながら答えた。
しばらく、椎名と琢磨はそのまま隣り合って座っていた。
星秀は他の相手を見つけて、マッソギを再開している。
琢磨は、飛び蹴りを繰り出している星秀を「まったく、よく飛ぶよな」と半ば感心し、半ば呆れながら見る。
「ねえ椎名さん」
そう呼びかけると琢磨は、以前から椎名に聞いてみたかったことを口にした。
「なんだい」
「椎名さん、マッソギとトゥル…どっちが好きですか?」
バカじゃないか、と思われそうな質問だなと自分でも思っていた。
去年、地方大会に何度か出場していた椎名は、マッソギでいずれも上位入賞を勝ち取っていたのである。得意な方はマッソギだろうな、と予想できたが、「好き」となると一体どっちだろうか?だが、琢磨の予想は外れていた。
「どっちも好きじゃないよ」
「え?」
琢磨は聞き返してしまった。
「試合のときは両方もちろん緊張するし…未だにね」
「そうなんですか…」
「それに、マッソギは怖い」
「え、椎名さんが?」
「ああ。でも、相手もきっと自分のことが怖いんだと思うようにしてる」
「…ふうん」
それも確かに最もだ、と頷けた。
 

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