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2010.10.16 Sat

ひ~畳むの忘れてました…
改めましてつづきからどうぞ!


「それで、そうだったのか…?」
次の質問は指導員からである。意外に興味があるらしい。

「そう、ってなんですかあ?」
鶏が噛み切れなかったらしく瀬田は暫く口を動かしてから聞き返した。
「いや、本当に朝帰りだったのか、とか…」
言った後に質問の意味に自分で気付いたらしく、指導員は少々照れ笑いを浮かべた。 
「それがな、『ロードワークっす』とか言って笑ってたんだぜー。あんな朝早く」

瀬田は次に、ふろふき大根へ目を向けつつ言った。
「え…?あいつ住んでんの田端とかじゃなかったかな?」
「マジですか、椎名さん」
琢磨が思わず聞くと、椎名は振り向いて答えた。
「確かそうだと思ったけどな」
瀬田が続ける。
「まあ、それで別れの挨拶でさあ奴は俺らに『気をつけて帰ってください』とか言ってたわけよ!」
指導員は苦笑する。
「なんか、みっともねえなあ」
「やっぱそうですよねー。桧垣なんて『いや、こりゃどうも』とかおっさんくさいこと言ってましたよ」
「だって瀬田、俺たちきっとものすごく酒臭かったぞ。早朝にあんな爽やかに言われたら、こっちはなんも言えないじゃないか」
言い訳をする桧垣。
「わからないよ、本当はあいつも朝帰りだったのかもしれないだろ」
椎名が笑いながら言った。

指導員が合いの手を入れる。
「しかしなあ…お前らも見習えよ」
「え~あそこまではムリ。俺勉強あるしぃ」
瀬田が言う。
学生らしい言い訳だ。だが、彼も熱心に練習していることは誰もが知っている。
「お前、勉強なんかしてないだろう」
最初に桧垣が突っ込んだ。
「お前ほどじゃねーよ!」
金髪を梳いて、瀬田が応酬した。
同じ大学に通っている二人は、勉学へ対する不熱心さを露呈し始めた。

指導員が、また一口飲んでから言った。
「星秀だって高校生だぞ。勉強しなきゃならない」
「え~あいつ大学行くんですか~?」
瀬田の質問に、琢磨は反応した。
「さあ、やっぱ朝大かな…」

民族学校である朝鮮高校の生徒は、朝鮮大学へ行くことが多いらしい、となんとなく聞いたことがある。誰かが言う。
「そういえば、星秀の兄貴って今何やってんだろ」
店員がジョッキを持ってやって来た。
「あ、中生きたぁ」
桧垣と瀬田がジョッキを持って、口をそろえて言った。
「お疲れ様でした!」
一同が顔を見合わせたところ、椎名の携帯が鳴る。

椎名は電話に出て二言三言話したが、すぐに切った。
「誰ですか?椎名さん」
琢磨は気になって聞いた。
「星秀だよ。寄らないでもう帰ります、すみません。だって」

それに対して指導員が言った。
「ふーん…さすがにバテたかな」

琢磨は少し落胆した。
星秀と話せる機会が久し振りに来たと思っていたのだ。
以前に帰りが一緒になって以来、一度も口を聞く機会がなかった。
今日のように道場で会う事は多いが、どうやら星秀は大会のことしか頭にないらしく、最近は稽古の後も延々と自主練を続けている。

琢磨は時計を見て、こんな時間までいつも練習をしているのなら自分が帰る時間とは合わないはずだと思った。
「おお、がっかりするなよ琢ちゃん。俺らじゃ不満だってのか」
瀬田がジョッキを片手に叫んだ。
傍目にも分かるほど、琢磨は肩を落としたらしい。当たっていなくもない指摘は琢磨を驚かせる。手を振り慌てて言った。
「そ、そんなことないです!」
「そうか、そうだろな。優秀な先輩方に囲まれて嬉しいだろ」
「おい瀬田、無理やり言わせるなよ」
窘める桧垣。
「ていうか瀬田さん、『琢ちゃん』は止めてください…」
「いいじゃん、親しみやすくて!お前は本当に良い奴だ、素直ですげー教えやすいぞ。なあ」

教えてくれているのは大体桧垣なのだが、瀬田が勢い良く言った言葉に「そうだな」と桧垣が頷いた。
指導員も同意する。
「うん、それは言えるな…そういうの大事だぞ、琢磨」
「え、あの、はい。ありがとうございます」
褒められているような気がしたので、琢磨は取り合えず礼を言っておいた。
思いもよらないことで持ち上げられると、どうしたらいいのか分からない。

「朝大か…」
指導員は、誰に言うともなく呟いた。
「あいつももうすぐ二段かな…」
椎名も、指導員の方を向くことなく、グラスを持ったまま何度か頷いて答える。
「やがて道場長でしょうかね?」
道場は、会社組織の一つとなっている。
現在の道場長である副師範は大学卒業後に入社した社員の身分であり、本部から給料が出ているらしい。
そこまではなんとなく琢磨にも分かっていた。
しかし、聞くべきことではないかもしれない、という思いが琢磨に二の足を踏ませる。
道場の組織の事、星秀の学校の事。分からない事だらけだ。
「桧垣さん、明日パンデ教えてもらえませんか」

琢磨は聞き、目の前の皿へ手を伸ばした。エイの唐揚げだ。別に特に食べたかったわけではない。コーラを飲み尽くしてしまったから何となく選んだだけだった。
「ああ、いいよ」
「ほんとですか、よかったー」
笑みが零れた。明日の約束を取り付けて、琢磨は一安心というところだった。しかし、次の瀬田の一言に手が止まる。
「ん?パンデって黄帯になってからじゃなかったっけか?ねー椎名さん」
「さあ、最初にやったのがあんまり昔過ぎるからもう忘れたなあ。どうでしたか」
確実なのは指導員に聞くことだ。
一同の視線は指導員に向かった。
「そうだな。黄帯になってからの課題だ。あんまり急ぐなよー」
「…はい」
しょげ返る琢磨に、桧垣が笑いながら言った。
「まあいいじゃないか、明日やってみよう」
「まったくお前は甘いなー、桧垣。でも琢ちゃんもたまには俺に聞いてこいよ」
「え、でも桧垣さんの説明の方がわかりやすいですし…」
「なにー」
琢磨の本音が出たところで、指導員がまとめた。
「わはは、しかし桧垣あまり無理させるなよ。まだ慣れてない今のうちにやりすぎると股関節が危ないからな…」
琢磨はやっとエイの唐揚げを口に運んだ。

「いただきまーす」
「あ、それっていつも思うんだけど」
桧垣が笑って琢磨に言った。
反応して琢磨は桧垣の方を向いた。
「剥けた足の裏の皮に似てるよな」
「ぶっ」
琢磨は吹き出し、呟いた。
「そういえばそうかも…」
瀬田が強く言った。
「バカ!食えなくなるだろ。次取ろうと思ってたのに!」
「何言ってるんだ、みんな思ってる。似てるって」
「思ってても言うんじゃねえ!」
瀬田は金髪を揺らして、本気で怒っている。
やれやれ…。周囲の人間は、仲のよい二人を放っておくことにした。

椎名が琢磨に話し掛けた。
「琢磨君、道場の夏は初めてだな。暑くなると大変だよ」
琢磨は答えた。
「汗かきそうですね」
「滝のようにね。もっと痩せちゃうぞ」
琢磨は、半袖からのぞく自分の腕を見た。最近の練習では、よく汗をかく。筋肉がつき始めたのに、脂肪は削げていくのがよくわかる。

「倒れたら、自分で更衣室まで這っていくようにな」
冗談とも本気ともつかないことを指導員は言った。
「そ、それ脅かしてるんですか?」
「いや、そのうち分かるって」
「指導員、琢磨本気にしますよ、何でも真に受けるから」
「はは、それは言える」
桧垣の言葉に同意する椎名。ひどいなあ…と思いつつ、琢磨は反論できなかった。
「指導員、時間いいんですかあ。奥さん怒りますよー」
瀬田が指導員に大声で叫ぶ。
「いいんだよ!もう少し飲んでから帰る」
練習で疲弊した体を、水分で潤している人々。明日は休み。そう思いながら飲み食いをしているのは、幸せとも言えた。

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