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2010.10.15 Fri

第一話
本文は
この先「つづきはこちら」からどうぞ~


それで踵が脳天に実にうまく落とされたりしたとして、死ぬ可能性はあるものだろうか?例えば、よっぽど打ち所が悪かったりしたら。でもこれは受けた側からの見方か、攻撃側からするとこの上ない成功例というわけだ。

 

それが、学校からマウンテンバイクを漕ぎ続けながら佐々琢磨が考え続けていたことだった。

初めて辿る慣れない道程は、夕闇が街並みを覆い始めた時刻のせいもあり予想外に時間を食った。
真新しい大きめの学生服、下ろしたてであることが知れるぴかぴかの自転車。二十分の走行の間にすっかり乱れた真っ直ぐで茶色がかった長めの前髪を琢磨は手ぐしで梳いた。

 

目的地に到着した。琢磨が立った建物の前には、看板が掛かっている。それを正面に見据えた。
「テコンドー 足立道場」

オートバイが一台停められているきりの建物前の空き地へ、駐輪しようとする。

「うわっと」

気が急いてかスタンドを掛け損ない、マウンテンバイクを倒してしまった。
隣の自転車の様子を恐る恐る点検する。大事ないようだ。

「ああ、焦った…」

前髪を払い、もう切らないとなと一息つきながらその視線を建物へ投げる。

一階が正に道場として使用されているらしい。ガラス張りになっていて、内部が見渡せる。だが外から見た限りでは、道場の中には誰の姿もない。電気はこうこうとついているのに。

いささか勢いを失った琢磨は、大きい目を更に見開いて、辺りを見回した。道場と道を挟んだ反対側はかなり大きい公園がある。気がつくと、辺りにはすっかり闇が落ちていた。

春の宵である。公園の夕闇の中に、散り始めた桜が舞っている。静かだなと思っていた矢先に救急車の音が聞こえて来て、近いところで止んだ。

 

「部活どうした?」

それが、最近クラスメイトと最も話題にされることだ。

琢磨が入学して間もない高校は進学校であり、部活動にはそんなに力を入れているわけではない。週の活動日も多くはない部がほとんどだった。
琢磨もどこかに所属する気はあったものの、数ある部活動のどれにするか、未だに決めかねていた。

「部活入るの?」

とうとう昨晩母親にも聞かれた。

「うーん、まだ考え中」

夕飯を摂りすぎた後、居間のソファに寝転んでいた琢磨は眠気と格闘しながら答えた。

行儀が悪いと叱りながら母親は続けた。

「別に入らなくてもいいけどね」

だからってその分勉強するっていうわけでもないぞ。琢磨は心中で反論した。
指先がテレビのリモコンを探し当て、適当にチャンネルを回す。
落ちてくる瞼により閉ざされる寸前だった視界にかろうじて飛び込んできた画面は、琢磨の眠気を彼方へ追いやった。

 

様々なコンビネーションの連続蹴りが展開されていた。

琢磨は身を起こす。

例えば格闘ゲームなどでは見慣れた感がある。しかし、今目にしているのはポリゴンではない。とても生身の人間の動きとは思えない。

「何あれ、人間じゃないみたい」

母親にもそう言わせたほどに、日常的な動作からかけ離れた意表をつく蹴り方を人間は出来るという主張を画面は流し続けた。

特徴のある道衣から、テコンドーだと琢磨はすぐに察する。ネットで調べると最寄の道場が即座に知れた。

意外にも、自宅の近所に存在していたのだった。

  

昨晩、ここへ来る契機を作ったテレビ。そのリモコンを掴んでいた手が今日は全く新しい経験への門戸を開こうとする。それは、何らかの導きのように思えなくもない。

琢磨は学生服の襟元を合わせて一息飲んでから、腕を伸ばす。

 

入り口の扉を開けた。

「どうすりゃいいんだろ?」

と、一人ごちる。中へ身を滑らせてはみたものの、そもそも案内を頼めるような人間が見あたらない。
勝手に上がりこんでいいものだろうか?しかし琢磨はすぐに道場の奥に、「事務所」とプレートが張られたドアを見つけた。

思い切って、誰かいるか見てみよう。
そう思いスニーカーを脱いで、壁一面に設置された靴箱へ入れようとする。
その時、扉を開ける音がした。
屈んでいた琢磨が、今目の前に見えたのは靴だと認識しつつ身を起こすのと、誰かが入ってきたのは同時だった。

 

「おっと」

入ってきた男性とすんでの所で衝突を免れたが、琢磨は体の均衡を失ってよろめいた。

「大丈夫?」

相手に聞かれて、琢磨はようやく声を出すことが出来た。

「あ、すいませ…」

二人は対峙する。

「やあ、こんばんは」

突然挨拶をされた琢磨は不意をつかれる。

「…こんばんは」

挨拶を返して、相手の男性を改めて見る。少し日に焼けた顔。

道場生かな?と推測する。スポーツバッグ持ってるし。スーツ着てるけど。どの程度の経験者なのかわからないけど案外細身だ。

「あの、すいません!」

まず最初に会った人間だ。とりあえず捕まえておくに限る。
琢磨はさっそく聞いた、スニーカーは持ったまま。

「えと、責任者の方は…どこ…どちらですか?」

靴箱へ靴を納めた男性は、琢磨の方へ振り返ると目を細める笑顔を見せて答えた。

「見学ですか?」

違う。もう入門することは決めてるんだ。

「いや、あの俺、入ろうと思って・・・・」

「じゃあ、先生に言ってもらえれば。多分事務所の中ですよ。靴はそこに入れるといいよ」

男性は奥のドアを小さく指差した。やっぱり中に誰かがいるのだろうか?

男性へ礼を言ってから琢磨はスニーカーを靴箱へ押し込む。道場の床が冷気を足の裏へ伝えた。ドアへ向かった。ノックする。ちょっと叩き方が乱暴だったかな、と一瞬後悔した。

「はい、どうぞ」

ドアの向こうから、高めの声の返事が聞こえた。

「失礼します」

神妙に言いながら琢磨は事務所へ入る。

この人が先生か?目を疑った。琢磨の想像していたのは、体育教師とか部活動における柔道部の顧問とか。つまり年もそこそこ行っているおじさん(でも体格は良い)、といった風貌の人間だったのだ。


目の前にいるのは、二十代半ばくらい。黒い短髪だが優男風な男性で、涼しげな顔立ちが印象的だった。上はTシャツを着ているが下は道衣らしい。椅子に座って頬杖をついて机に向かい、なにやら書き物をしていたようだった。足元は裸足だった。

「先生」の前に直立して琢磨は切り出した。

「あの、入門したいんですけど…」

椅子に座ったまま、道場の責任者と思しき男性はこちらを向いた。

やっぱり細いかもなぁ、と琢磨は最初に抱いた印象を強くする。でも、Tシャツからのぞく腕にはしっかり筋肉がのっている。

「ああ、そうですか。でも入門する方にも一応見学はして頂く事になってるので。今日は時間大丈夫かな?」

「先生」は妙にさばけた口調だ。人馴れしている感じだった。

…なんか調子のいい人だな。

思い描いていた「道場内の張り詰めた雰囲気」を目の前の「先生」からは感じ取れない。琢磨は少々戸惑いを覚えながら、睫を瞬かせた。目が乾くな、と思った。

「はい、大丈夫です」

「じゃあ申込書書いてください。道衣はこれね。そこの更衣室でちょっと着てみて。サイズ合わなかったら換えるから」

道衣を棚から取り出しに、「先生」は初めて椅子から立った。身長百七二センチの琢磨より少し高いくらいの背丈だった。
ああ、でも細いけど筋肉質だ、と「先生」の肩や胸の辺りをそつなく観察する琢磨。

事務所から出て大きく一息をつき、稽古場からすぐに続いている更衣室の扉を開けた。そこでは、先刻の男性が着替えていた。

「失礼します」

「ああ、道衣もらったんだね。今日は練習出るんですか?」

男性は、裾が黒く縁取られた上着の前を合わせ、今まさに帯を締めようとしている所だった。

「あ、今日は見学だけです。道衣は着てみろって言われて」

琢磨の目を奪ったのは、その男性が手にしている黒帯だった。

(黒帯かあ)

感心して溜息をつく。

帯には、黄色い文字で名前らしきものが刺繍してあった。

「椎名 竜彦 Ⅰ」

椎名さん、か。まじまじと見ていると、

「僕、椎名です。よろしく」

先に名乗られてしまった。
そういえば、さっきの挨拶もだったっけ、と琢磨は自分が二度も出遅れたことを反省し、再び何度も瞬きをした。後で目薬を差すことにしよう。

椎名は、先ほどのように目を細める笑い方をして、頭を少し下げた。
なんかスポーツ青年て感じだ。何歳くらいなんだろう?さっきの格好からすると会社勤めかな。

琢磨は色々考えながら、かしこまって頭を下げた。

「あ、佐々琢磨です。よろしくお願いします」

椎名は更衣室から出て行った。

(道衣着ると、やっぱなんか違うなあ、様になって見える)

「先生」から渡された真っ白な道衣を大きく広げながら、琢磨は嘆息していた。

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