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2010.10.16 Sat

3です つづきからどうぞ!


高校へ入学して3週間が経つ。
道場での稽古が楽しく、入門してからというものそちらにばかり参加していた琢磨は、高校では結局どの部活にも所属しないままでいた。
平日は学校友達と出かけたりする事も滅多になかった。

それでも特に親しい友達というのは出来るものだ。

「お前、何で部活入んないんだ?」

クラスメイトの及川が琢磨に聞いた。
琢磨は、自分の上方から注がれる視線を恨めしいという気持ちを隠さずに、視線を上げて及川を見る。濃い眉の下に続く切れ長の目と視線が合った。

「何でって…俺、習い事があんだ」

図書室へ行くつもりだった琢磨は、鞄を取り上げて抱える。

「習い事?予備校?」

及川は、自分は部活に出るべく、着替えをロッカーから出している所だった。

そういえば、及川にこういうことを聞かれるのは初めてだ。

「違うよ」

琢磨は答えて、及川が手に持っている袋を見た。
その中身は道衣だ。及川は空手部に入っている。親しくなり、及川が小学生の頃から道場へ通っていて、既に黒帯を持っていると聞いた。
だが琢磨は自分も最近道場へ行き始めたことは言わなかった。なぜか、言えないでいた。

「図書室行くのか?」

及川は振り返って聞く。

「うん、そうだよ」

「たまには遊びいこうぜ。俺も部活は忙しいけど」

「うん」

空手部の練習は週に5日だ。及川も、放課後に遊んでいる暇はないに等しい。

(今日も課題が多かったから、とっとと済ませないと。家帰ったら、メシ食って風呂入って寝るだけでいいようにしときたいよな)

琢磨は学校の図書室で課題を済ませてから、直接道場へ行く事が多かった。
一度家へ戻るのが面倒なのだ。
その場合は、登校する時に道衣を持って行かなければならない。
鞄とは別の大きな荷物は人目につく。

「それ、体育着か?」

及川は何の気なしに聞く。琢磨も別段気にする事なく答えた。

「ああ、そんなもんだよ」

 

琢磨が稽古に参加するようになって一月が経った。
道場のガラス窓からは、向かいの公園の桜がすっかり散ってしまい、青々とした葉が茂っている様子が見える。
公園には、夜に若者がたむろしていることがある。

夜に煌々とついている電気につられてか、たまに窓から道場の内部を覗き込んでいる者もいる。
副師範は外まで出て行って彼らに中で見学するように勧めたりするが、その通りにする者はめったにいない。

今日は雨が降っているから、そういった若者の姿も見えない。
稽古が始まって20分あまり準備体操が続く。琢磨は帯順に並んだ列の一番後ろにいるために、前列の黒帯たちの顔はほとんど見ることができない。今日は椎名は来ていなかった。

一通り体を解し終わると、次に二人で組んでの柔軟体操となる。


「白帯はできるだけ黒帯と組めー。前来て」

という副師範の声が飛ぶ。

黒帯、黒帯と。琢磨は最前列に並ぶ黒帯を求め、はるか前方へ目をこらした。
いつもは副師範の助手的な働きをする指導員の黒帯や、椎名が歩み寄って来て組んでくれる。

やっぱ有沢指導員かなぁと琢磨は見回して、道場内でも岩のようながっしりとした体型がすぐ目につく指導員を探す。
数週間前、有沢指導員の「在日の人たちでも韓国と朝鮮がいるんだぞ」と至極単純化された一言に、琢磨は自分の無知がそれまで道場のどれだけの人に会話の最中「こいつもしかして知らないのかな」と思わせてきたことだろうと思った。韓国と朝鮮。考えてみれば予測がついていても良さそうなことだ。

有沢指導員は、琢磨より更に後に入門した白帯と組もうとしていた。
どうしようか、と逡巡していた所で副師範が叫んだ。

「星秀は琢磨とやってくれ」

「はい」

呼ばれて返事をしたのは星秀である。琢磨は声を出すことが出来なかった。

副師範は自分より年下の男子は名前で呼ぶようだった。呼び名はすっかり「琢磨」で定着し、ほとんどの道場生が琢磨のことを名前で呼ぶようになっていた。

「ええ?星秀か…」

こんな呟きを誰かに聞かれでもしたらたまったものではないのに、つい口にしてしまった。

本日の柔軟体操の相手を命じられた星秀は、琢磨が稽古を見学をした日に更衣室で着替えていた高校生の中で一番背が高い少年だった。

端整な顔立ちは、無駄のない身のこなしと相まって人目を引く。

何度か稽古は一緒になっているが話す機会はまだなかった。
歳は琢磨より一つ上らしいが長身と落ち着いた雰囲気のせいで、制服を着ていなければ高校生には見えない。
道場では古株らしく、副師範とも親しい感じが伺えた。

なかなかいいなと琢磨に思わせた、彼らが身に着けていた制服は民族学校である朝鮮高校のものだったのだ。

道場の朝鮮高校の学生達は、学校でもテコンドー部に所属している者がほとんどだ。
毎日の部活を終えてから更に道場の練習に参加する。練習量の多さは想像できない。

星秀は高校の同級生たちとふざけていたりもする。無口だとか、無愛想であるわけではないが琢磨は彼にどうもとっつきにくさを感じていた。向こうもこちらを見知っているのかどうかわからない。ただ、時々睨まれているような気がしていた。

(こっえ~…)

たまに星秀と視線が合うと、琢磨は決まって先に目を逸らした。
あんなのに目をつけられたらたまったもんじゃない。

 

しかし思えば、同じ年頃の黒帯と柔軟体操で組むのは初めてだ。

「テコン」

柔軟を始める前に、二人は礼をする。まず白帯の琢磨から背中を壁につけ、片足を上へ持ち上げてもらう。

星秀は目の前に立って、琢磨が準備するのを待つ。どうも見下ろされている気がする。「早くしろよ」と言われている感じだ。確実に威圧感はあるのだ。そう思えば思うほど、ただでさえ硬い体がますます動かなくなるようだった。

「膝曲げんな」

星秀は琢磨のかかとを、片手で上に押し上げながら言う。これが第一声だった。

「あ、はい」

すかさず叫んだ返事は、勢いだけは良かったが、琢磨の心中は(怖いよ…)だった。練習中の組手で、星秀が案外無茶をする事も知っている。

(ああ、痛…)

琢磨は一瞬目を瞑る。痛さの限界まで堪える。意地に近い。そして合図を送る。

「はい」

そう言った箇所で、足を持ち上げるのを止めてもらうのだ。

体操の補助者である星秀は、十数えはじめる。

「ハナ、トゥル、セ」

星秀は琢磨の足を支えながら、顔は明後日の方向を向いている。なんか悔しい。「これしか上がんないのかよ」とそっぽを向かれているようだ。

柔軟体操は二人で交互に行う。星秀が、先ほどの琢磨と同じ体勢を取った。琢磨は両手で星秀の右足のかかとを押し上げるが、いつまでたっても星秀の「はい」は聞こえない。
背は釣り合っていないのだ。やりにくさに少し腹を立てつつ琢磨が全体重をかけ星秀の足を持ち上げ続けているうちに頭上の壁の上から、とん、と軽い音がした。とうとう星秀のつま先が頭上の壁にぶつかったのだった。

「はい」

星秀は言った、もうそんな合図は必要ないほど足は上がりきっているのに。琢磨は数えはじめた。

数字はハングルで数えなければならない。

「ハナ、トゥル、セ、ネ、タソ」

途中で詰まった。六、ってなんて言うんだっけ。

「ヨソ」

低い声で指摘を受ける。はっとして星秀を見上げると、不満そうな顔で琢磨を見ていた。至近距離だ。

「あ、はい」

やばい。謝った方がいいかな、と思いながらも琢磨は続けた。

 

二人組の体操は、筋力トレーニング的な項目まで続く。琢磨が一番苦手なのは開脚して座った一人の足を、内側からもう片方が足の裏で押し広げる柔軟体操だった。つまり、強引に開脚させる形になる。痛いのは勿論だが、琢磨は、二人の密着感が苦手だった。開脚させられる方は、更に柔軟の効果を高めようとして相手の膝へ両手を置いて、上体を屈めて来る。

(ここまで柔らかいと気持ち悪いぞ)

星秀を相手に行って、琢磨は素直にその柔軟性に感心したが、星秀との距離が気になった。緊張する。ふと星秀の顔を見ると、唇を噛みながら、ゆうに180度は開いている自分の足を更に広げようとしている。が、手は琢磨の膝にある。琢磨のかかとを支えにして、自分の足を振っている。もはや琢磨のことは眼中にないようだ。膝に力がかかる。

(柔らかいけど星秀もやっぱ痛いのか?)

この体操も十まで数える。琢磨は、今度は詰まることなく数え上げ、内心ほっとしていた。

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