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2010.10.16 Sat

つづきです^^

「もっと足首を引く」
琢磨は自主練の時間に、動作の確認と空蹴りの練習をしていた。

すると、自分のトレーニングを中断して副師範が話し掛けてきた。
「あ、はい」
指導来た!と、琢磨は喜びを隠さず、さっそく副師範に教わる体勢を整える。
道衣をトレーニングウェアに着替えた副師範は、武道家という印象を全く抱かせな
い。
「あと、軸足はかかとを返せよー、こうやって」
副師範は自らの手で琢磨の動作を修正していく。

軸になっている足の向きを変えさせる。そして両手で、上げたままになっている琢磨の蹴り足を掴む。
「蹴る前に、膝をもっと上げるんだ」
副師範は、琢磨の足首を掴んで、膝を曲げさせたり、はたまた持ち上げたりしている。

うーん、こうかなあと呟きながら、自分の気に入るフォームに当てはまるまで。
片足で立ち、もう一方の足をぶらぶら動かされている琢磨は、とてもまっすぐに立っていられなかった。
(すんごいキツイんですけど…)
しかし、離して下さい、とも言えずに琢磨は耐え続けた。
「う~ん、もう少し上がんないか?」
そう言いながらも、副師範は琢磨の顔を見ていなかった。

注視するのは足だけで、まるでモノを扱っているようだ。

つまり、それだけ指導に熱中しているわけなのだった。
「は、はい」
そのうち。
「これだ。この体勢がいい!」
ようやく、副師範が満足できる仕上がりに到達できたらしい。
「あ、ありがとうございました」
琢磨は極力体勢を崩さないまま礼を言った。
「そう、それ。よく覚えとけよ~」
副師範はそう言って自分の練習へ戻っていく。
鏡の方向を向き、直してもらった蹴りのフォームを改めて確認した。確かに決まっている。

遠くに延びる自分の裸足の足。

目を近づけてよく見ると、親指の裏の皮がべろっと剥がれてひらひらしている。

どうも痛いと思った。
軸足は蹴る時に回転させるので、足の裏の皮が剥けるのは良くあることだった。
特に初心者は皮が薄いのでなおさらだ。剥がすと痛いため大抵は放っておくかテーピングで対処する。 
やっと両足で地面を踏んで副師範の方を見ると、今度は彼はサンドバッグに向かって派手な音を立てている。

全日本大会が近いので最近の黒帯たちは練習に余念がない。椎名や星秀も同様だ。
出場者を黒帯と、黒帯の前段階である赤帯所持者に限った全日本大会は全国規模で参加を募る。

今日は土曜日だから、いつもより練習に来ている人数が多い。
「琢磨君、そろそろ出ようか」
型の練習を終えた椎名が、黒帯を解きながら声を掛けてきた。

今日は、数人で夕食に行くことになっている。練習後に道場生が食事に行くのは大抵は居酒屋である。琢磨は普段は学生服で道場へ来るので誘われることは滅多にないが、今日は私服だから声を掛けられたのだ。
「あ、は~い」
琢磨は駆け足で更衣室へ向かい、道場へ一礼をしてからドアを開けた。
「琢磨、走っちゃだめだー」
副師範がサンドバッグを蹴りつつ叫んだ。
先に着替えを済ませて、琢磨は道場の出入り口近くで椎名や他の人が出て来るのを待っていた。
今日は、トゥルの練習をしている人間が多い。

稽古時間に、副師範の指導のもとでも行われたからだ。

最初は全員が並んで、十級のトゥルから始める。
級によって習うトゥルは決まっているので、自分が出来るところまでトゥルを終えると列から抜けていく。
最後に列には黒帯だけが残ることになる。今日はトゥルを得意とする黒帯が多くて見応えがあった。

今は一段の桧垣と瀬田がトゥルを合わせている。

二人とも大学生だが、見た目は対照的だ。特に髪。桧垣は黒髪で、瀬田は金髪だ。並んでいるとその対比が際立つ。身長は同じくらいだが、雰囲気は随分違って見える。
「ハハハ、バ~カ!」
瀬田が大声で笑う。動作を止めて、瀬田が桧垣をからかった。

動作の順番を桧垣が間違えて、二人のトゥルが合わなくなったのだ。
瀬田は細い体で、声が大きい。顔付きと動きは猫を思わせる。マッソギでも回転系の蹴りをよく使い、素早い動きは相手を翻弄した。


「仕方ないだろ。まだ覚えてないもん」
笑われた桧垣は、髪と同様に黒い眉を上げて、しれっと言う。彼は最近の昇段審査で黒帯を取得したばかりである。

昇段審査は昇級審査と違い、年に二回しか行われない。瀬田は桧垣が受けた前回の審査で黒帯となっていた。半年先輩というわけだった。

「わーったよ、もー。この後はこう」
瀬田は、あまり反応しない桧垣に口を尖らせながらも桧垣が詰まった箇所を動作付きで解説した。

桧垣は真剣な目で説明を聞き、その後少し笑って言う。
「サンキュー」
「もう一回な!」
乱暴な口調で瀬田は怒鳴った。そして、二人はまたトゥルを始めた。

集中しきっている顔付きに切り替わった桧垣の方は、自主練の時間は最近よく琢磨に指導してくれる。型の練習やミット蹴りをしていると、ここのところを直すといいよと一言アドバイスをくれるのだ。

俺の動きがそんなに可笑しく見えるのかな、と最初気になった琢磨だったが実際のところは他人から指摘を受けなければ動作は改善しようがない。

先ほどの副師範と同様に間違いを指摘してくれたり、蹴りの練習でミットを持ってやろうかと言ってくれたりする瀬田のような存在は今では素直にありがたかったし、段持ちでない道場生の練習に付き合ってくれるのは桧垣の人柄によるものらしかった。

現に瀬田は他人の練習を見るよりも、同じ黒帯と自分で動いている方が好きなようだった。


それでも桧垣にくっついて、琢磨に指導してくれることも多いが。
桧垣の注意はとても適切で分かりやすく、言われた通りに気をつけて直せば見る間に動作が改善されて行き、次の日には「琢磨、良くなったなあ」と副師範や指導員に褒められた。
俺にもああいう風に教えあえたりする相手がいたらいいのになぁ。二人の呼吸音を聞きながら、琢磨は思った。
今度はつつがなく型は終了し、桧垣が琢磨に向かって叫んだ。
「どーした、俺の動作に何か問題あったかー!!」
琢磨は知らぬ間に腕組みをしていたのだった。慌てて腕を解いて両手を挙げ、叫び返す。
「いや、違います、違います!」

道場には琢磨と同じ年頃の男子が数人いるけれど、彼らは朝鮮高校の生徒ばかりだ。既に黒帯だったり、次回に黒帯を取ろうとしていたりする上級者がほとんどだ。
(できればもっと仲良くしたいんだけどな)
学校以外でも、友達が出来る機会があるなら嬉しい。
まして、それが同じ目標を持って頑張っている人間なら。
でも実は自分を戸惑わせているのは、どこかしらか感じ取れる彼らとの間の距離のためだとは気付いていた。
それは、彼らと自分の帯の色の違いのせいだけではない。
 
副師範が話しかけてきた。

サンドバッグを打ち続けたためか顔は真っ赤で額から汗を流している。
稽古中は見ることがない、疲弊し切った姿は新鮮だった。しかしトレーニングウェアを着ながら足元は裸足と言う所がなんだか笑える。いや、笑ってはいけない。
「琢磨、今日は制服じゃないんだなー」
「はい」
「お前、大会見に来るか?」
息を切らしながら副師範は琢磨に聞いた。
道場では、全国大会のチケットを販売している。副師範は、道場生に一通り声を掛けていた。
「来月始めの日曜ですよね?…すいません、学校でテストがあるから行けません」
琢磨の高校では一年の時から実力テストが行われるが、実施される日がちょうど大会の日と重なってしまっていた。
「そっか、お前、まだ一年だろ?大変だな~」
大会には行きたかった。普段、指導をしてくれる黒帯たちが他の道場生たちを相手にどんな試合をするのか見たい。

しかし一日がかりのテストの日程ばかりはどうしようもない。
まあ他にも大会があるからな、次に来てみるといいぞ。
そう言って副師範が踵を返して去っていくのを見ていると、星秀がトゥルの練習をしているのが目に入った。そのすぐ横の更衣室からドアを開ける音がし、スーツを着た椎名が出てくる。
椎名がドアを閉めた時、星秀のトゥルの動作がちょうど終了した。椎名が聞く。
「今日、星秀も行かないか?ご飯食べに」
星秀は鏡に寄り、バーに掛けてあったタオルを取った。顎から汗の粒が落ちている。汗を拭きながら聞く。
「どこ行くんすか」
「まだ決めてないけど」
「誰と?」
「みんなだよ。琢磨君とか」
星秀は両手でタオルを持って顔を覆い、もう一度強く拭った。
「俺、もう少しやってきます。後で電話しますから」

星秀は、鏡の前のバーに向かってタオルを投げた。
狙いは外れ、タオルは鏡に当たって床に落ちた。
小さく舌打ちの音が聞こえる。一呼吸置いて、星秀はすぐにトゥルの体勢に入った。
「わかった。じゃ後でね」
椎名が言ったが、既に動作に入っていた星秀は返事をしなかった。

道場から外に出ると公園が目に入る。
若葉に隠れた電灯の下で座り込んでいる若者達。
煙草の煙が上がっているのが見える。何人かが、道場の窓へ目を見ていた。

(あれ?)
琢磨は、及川の姿を認めたような気がした。
「琢磨君、どうした?」
椎名が、立ち止まった琢磨に声をかけた。
「友達かも、と思ったんですけど違いました」
実際、及川ではなかった。
「そう」
椎名はあまり気にした様子もなかった。
及川はこのあたりが地元だから、いても不思議はないけれど。
琢磨はしばし若者の集団を眺めていた。
前を行く皆と少し引き離されたので、小走りで慌てて椎名の後を追った。

「副師範も変わったよな…」
有沢指導員が稽古中に怒鳴るのとは全く違う声音で呟くと、それぞれ好き勝手に話をしていた道場生達は一斉に声の方へ向いた。
先輩たちは既に生ビール中ジョッキ三杯目を干そうとしている。

この店の座敷を陣取ってから一時間経った。自主練を終えた道場生が次から次へと集まってきていた。琢磨以外は全て黒帯だ。
琢磨はコーラを頼んで話を聞いたり、質問したりしていた。
(星秀は来ないのかな)
道場では何かを教わる時以外に、他の道場生と話をする機会はあまりなかった。
道場から離れた場で色々な話をしてみたいと思ったのだが、肝心の星秀は来ない。
また、店に道場生が入ってきた。一人は金髪、もう一人は黒い短髪。

「お疲れでーっす」
瀬田と桧垣だった。
二人は戸口からすぐに椎名たちを見つけ、瀬田は大きく手を振った。
スポーツバッグを座敷の隅に投げた瀬田は「乱暴だなあ」と桧垣に言われ、二人はあいている席に入り込む。
「そうでしょうか、先生が?」
隣に割り込まれたことをさほど気にせず、椎名は先の指導員の言葉へ返す。
琢磨もなんとはなしに聞く。
「変わったって、何がですか?」
「俺がまだ段取ってない頃にはな、もっと切羽詰ってたって言うか…」
「え?」
「…怖かったな」
指導員がぽつりと言う。
椎名は飲み続けている割には変化のない顔色で聞く。
「副師範がですか?」
「寄らば斬る、ぐらいの気迫だったよ」
「なんすかぁ、それ」
既に酔っている数人の大学生達が、緊張感のない声を上げる。そういう言い方は指導員に似合わないよな~、と隣同士で笑っている。
金髪の瀬田が言った。
「俺、中生~。桧垣、頼め」
それに対し、黒髪の桧垣が答える。
「じゃ、俺もそうしよう」
到着したばかりの二人は、広げたメニューを揃って見ている。
「ああ・・・まあ、丸くなったってことかな。いや、大人になったのか?」

続けて副師範を評しながら、指導員は、ジョッキを傾けた。
「大人っていうか、そうですね」
椎名が言う。
「道場生だった頃と、道場を預かる身になった今とはどうしても違ってきますし」
しばらく沈黙が続いた。
「あ…そういえば星秀は?」
今やってきた桧垣と瀬田へ指導員が聞き、琢磨は思わず反応した。
「俺ら出るときはまだやってましたよ~。かなり激しい顔だった。なあ」
「ああ、あれはぶっ続けだったな」
「トゥルだけであんなに汗かいてたしよー」
注文したビールを待たずに、瀬田はさっそく鶏のから揚げに箸を伸ばして言う。
お前、稽古の後すぐによくそんなの食えるな、と隣で桧垣が呟いた。
「俺らさあ。あ、俺らって俺と桧垣ね。こないだ池袋で飲んでたんだけど、朝出てきたら星秀がいたんだよ。そこに」
「へー、そうですか…」
琢磨は、そんな偶然もあるものか、と思ったのだったが。
「こっちは徹夜飲みでへろへろだったけど向こうも疲れてるっぽかったし、なんだ朝帰りか!って聞いたんだ」
「どこで飲んでたの?」
聞きとがめる椎名。
「池袋ですよ、白木屋。閉店は五時」
瀬田の代わりに桧垣が答えた。

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