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2010.10.16 Sat
4です 本文はつづきから!

「じゃ、白帯はここで分かれまーす」

副師範の声がする。稽古も後半にさしかかると、白帯は色帯や黒帯とは分けて練習させられる。
始めの内に基礎をしっかりやれ、ということらしい。
大抵は指導員の先生や、黒帯が練習の指導をしてくれる。その間は白帯達は上級者たちの練習を見ているヒマはなかった。自分の動作の確認で精一杯だからだ。

今日の白帯は四人。皆、稽古場の隅へ走っていって、指導員が来るのを待った。

「琢磨、コンヌンソギ狭い」

練習が始まった途端、立ち方の足の間の幅が足りないという注意を指導員から受ける。

「はい!」

琢磨は慌てて足を直す。コンヌンソギは、左右は自分の肩幅、前後は肩幅の一.五倍で長さを取ること。

慌てて前方を見ると、ミット蹴りで星秀が見事なパンデトルリョチャギ(後ろ回し蹴り)を決めているのが目に入った。ミットからすごい音がした。

「おお、すげー」

呟くと同時に、思わず自分の動きが止まってしまう。

「琢磨…よそ見すんなよ、気持ちは分かるけど」

指導員は苦笑し注意する。

「あ!すみません」

星秀はなんとなく怖いし何よりいけ好かないが、際立って優秀なのは認める。自主練の時に見る、星秀のトゥル、型は確かに美しくて力強い。まだ、数回しか見ていないけど。

皆カッコ良く見えるのは、機敏さと動作の正確さと美しさのせいかもしれない。。

注意されたにも関わらず琢磨が再び視線を移した先では、星秀が副師範に指導を受けていた。

「もっと体重移動を考えろ」

星秀は頷きながら、副師範を見て素直に「イェ」と返事をする。

でも、そんな時でもやっぱりあいつの目は怖い。琢磨は毒づいた。

副師範と星秀の二人は同じ高校の出身ということもあるからか、仲のよい印象を受ける。
というより副師範は自分の後輩に当たる道場生達にはやっぱり目を掛けているようだ。

星秀を始めとして、初日に更衣室で会った高校生達は日本語が出来ないわけではなかった。
だがやっぱり朝鮮高校の身内同志では、母国語で話すものらしい。
彼らにとって一度も住んだことのない母国だ。
ただ、彼らの会話を聞いていると琢磨はなんとなく疎外感を覚えた。

帯の両端には、自分の名前が日本語とハングルとで書いてある。副師範の手によるものだ。

しかし、ハングルの方はいつ見ても自分の名前を表している気がしない。ただの記号のようにしか見えない。
琢磨は朝鮮高校の生徒たちの会話を耳にすると、いつもそれと同じ感覚が上って来るのだった。

 

その日、琢磨は練習を切り上げてから地下鉄の駅へ向かった。
朝から雨だったので登校時に自転車に乗るのを諦めて電車を使ったのだ。
雨は止んでいたが、歩くと、アディダスのスニーカーが水っぽい音を立てた。

「あーあ、これにすんの止めとけばよかったな」

新品のスニーカーの見るも無残な姿を琢磨は嘆いた。

道場からしばらくは人もほとんど見かけない暗い道が続く。
まばらな電灯は、闇をいっそう強調させる役割しか果たさない。琢磨が自転車を使う時には通らない道だ。薄暗い商店街のアーケードへ到達し、傘を振って水滴を払った。

 

やっと地下鉄の駅に着いてホームへ下っていくと、その明るさにほっとした。

明るいが人の気配のないホームで電車を待ちながら、琢磨は自分の足元をなんとなく傘の先で叩いていた。

明日は授業中に居眠りしそうだ。
視線を落として、音がする先を見つめ続けていると。

「おい」

後ろから声を掛けられた。不意をつかれて振り返った。

星秀が立っていた。
あのブレザーの制服を着て、眼鏡を掛けている。そのせいで琢磨には一瞬、誰だかわからなかった。

「あ、星秀。…さん」

頭の中ではいつも副師範や指導員、他の道場生にならって星秀、星秀と呼んでいるから、とっさに「さん」を付けて呼ぶのを忘れてしまい、言ってしまった後で慌てて付け加えた。

星秀は相変わらず口を結んだ仏頂面だ。なまじ整っている顔立ちだから余計恐い。

「別に『さん』はいらねえよ」

呼び捨て未遂に怒ったのか、と琢磨は内心びくびくしていた。だが、予想に反し続いた言葉は。

「お前、こっちだったっけ?」

星秀の口調は別に機嫌を損ねた様子はなかった。

(もしかすると星秀ってこれが普通なのか?)

浮かんだ推測に、琢磨は忽ち肩の力が抜けていくのが分かった。

星秀はちゃんと琢磨の目を見て話し掛けてくる。
見下ろされていることには変わりないが、睨まれている、と稽古中に感じるのとは別の視線だった。

琢磨は聞いてみた。

「あのう、もしかして目が悪いんですか?」

「だから眼鏡かけてる」

「取ったらどれくらいですか」

「ほとんど見えない」

琢磨は手を叩きたい気持ちになって続けて聞いた。

「じゃあ、稽古中は?人の顔はわかりますか」

「…なんでだ?別に、相手の体さえ見えれば蹴れるだろう」

別に星秀は琢磨を睨んでいるわけではなかったのだった。

近眼の人は、物を良く見ようとするために目を眇めることがある。
それが星秀の目付きを悪く見せていたのかもしれない。それに人の顔の見分けもつかないと言うのだから、稽古中に自分が琢磨を見ている、という認識もないままこちらを睨んでいる(ように見られている琢磨本人には思える)場合もあるのだろう。

(俺が一人でビビってただけ?)

琢磨は見た目には分からないくらいに小さく口を尖らす。星秀に対する認識を改めた。

 

電車はすぐに次の駅のホームへ滑り込んだ。

「あ、俺、ここなんで降ります。お疲れ様でした」

歳とか、学校とか。
いかにも初めて話をした二人らしい、当り障りのない会話の切れ目に琢磨は頭を下げ、周囲の乗客へすみませんと声を掛けながら開こうとする扉へ向かった。

 

「琢磨」

不意に呼ばれて、琢磨は再び星秀に向き直った。

「お前、熱心だよな。またな」

ぽつんと星秀が言った。
琢磨は驚いて、大きな目を更に見開いた。わけが分からなくて咄嗟に礼を言おうとしたが、電車から降りようとする人々の流れに飲まれて小さく叫ぶのが精一杯だった。

「お疲れ様でした…!」

電車の扉が閉まる。
琢磨を驚かせた言葉を口にしたとき、星秀がどういう表情をしていたのかは見えなかった。でもきっといつもの通り、表情を動かさないまま言ったのだろう。琢磨は、呆気にとられて電車を見送った。そして、これほどまでに俺が驚いたのはなんでなんだろう、と理由を考えることにした。

確かに琢磨は入門以来ほとんど毎日稽古へ出ているし、更に自主練もして帰る。
でも、星秀に気に留められているとは思わなかった。他人、まして白帯を気にするような人間には見えなかったのだ。そして、励ましとも取れる言葉をかけたりするなんて。自分の名前を覚えていたなんて。そうだ、要するに俺は嬉しかったんだ。

ちゃんと見てくれている人もいるんだ。琢磨は力づけられた。
稽古は面白いが、ずっと基本を重視した単調な練習が続いていることには変わりない。いつか投げ出してしまうのではないか、という不安が時折訪れた。

まだ始まったばかり。積み重ね。積み重ねだ。琢磨は星秀の言葉を、忘れないでいようと思った。

 

「なあ、及川って三中だったっけ」

休み時間、化学教室へ向かって並んで歩きながら琢磨は及川に聞いた。

「あー、そうだけど。なんで?」

「ううん、別に」

琢磨は自分から質問しておきながら、適当に答えた。

こちらを向いた及川の顔の痣が、昨日よりも薄くなっているのがわかる。部活の時間中に食らったに違いなかった。
初めてそれを目にした琢磨が、顔をやられるなんて油断してただろ、気をつけろ。と冗談めかしてからかうと、思いの他機嫌を悪くしたように及川は、分かってるよ、と顔を背けた。

 

最近分かったことだが、道場の近くにある中学は第三中学校だ。
高校に入学してから知り合った人間には大抵、出身中学を聞くものだ。琢磨は初対面の時に聞いた、及川の出身中学を最近まで忘れていた。それなら、道場に及川の知り合いがいてもおかしくないな、と琢磨は考えたのだった。

「うちの中学結構荒れててさぁ」

聞きもしないのに、及川が続けた。

「ふーん、及川よく高校入れたな」

「俺は違う、ちゃんと勉強してたんだぞ!」

おお、それはそれは。琢磨は及川を宥めにかかった。

「わかった、わかった。今も中学のときの友達とか会う?」

うーん、と急に声の調子を落として及川は呟くように続ける。

「あんまり。空手一緒にやってた奴が結構いたんだけど、辞めた奴が多いな。だから今となっては道場でも会わないし。強かったのに」

部活の後に更に道場へ移動して稽古に励む及川には、琢磨も恐れ入る。
といっても星秀も同様の生活をしているはずではあるが。

「そういう人って、何で辞めるんだ?飽きて?」

隣り合って歩いていた二人は前方を見ていたが、及川は琢磨の方を見た。

「そういうのもいるけど。俺が一番仲良かった奴は、外で喧嘩したんだ。それで道場に怒られてキレてやめたの」

「へえ」

化学教室へついた。琢磨は、自分の席へ向かう。

「まあ、そいつだけはまだ一緒に遊んだりするけどな」

及川の最後の一言は、琢磨には聞こえなかった。

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